有報の経営者確認は何が変わる? 既存の確認書に「開示手続」と「実効性確認」を追加する方向 現行の確認書 記載内容は適正 代表者・CFOが確認 結果に対する確認 見直し後の追加事項 開示手続を整備 実効性を確認 2027年春の内閣府令改正は報道段階|2026年8月30日時点 kabutrack.com

「経営者宣言」という言葉だけでは制度の差分を見誤る

まず押さえておきたいのは、新しく「社長の署名制度」がゼロから始まる話ではない、という点です。

現行の金融商品取引法でも、上場会社等は有価証券報告書を提出する際、記載内容が法令に基づき適正であることを代表者と最高財務責任者が確認した旨を記載する確認書を併せて提出しています。最高財務責任者については、その役職を定めている会社が対象です。

今回追加が想定されているのは、その確認を一段手前まで広げることです。

経営者等が、有報を作成・開示するための手続を整備していること。そして、その手続がちゃんと機能していると確認したこと。

ここは結構重要です。

社長に有報の150ページを一行ずつ検算させる話ではありません。むしろ問われるのは、事業部や海外子会社、法務、経理、IR、サステナビリティ部門などから重要情報が上がり、必要な検討を経て、最後は経営陣まで届く仕組みが本当に動いているかどうかです。

会計不正が起きた後によく出てくる「担当部署から報告を受けていなかった」という説明も、これまでよりは使いにくくなるでしょう。

形式的には確認書の数行が増えるだけかもしれません。ただ、実務上の意味はそこではありません。

現行制度と何が変わるのか

金融審議会の報告をそのまま読むと、差分は比較的シンプルです。

論点現行制度見直しで追加される方向
確認書の中心有報の記載内容が法令に基づき適正である旨適正な有報を作るための開示手続を整備している旨
経営側の確認最終的な記載内容開示手続が実際に機能していること
主な焦点提出された書類の適正性情報収集、検討、承認、報告ルート
対象となる情報有報全体有報全体。とくに増えている非財務情報の管理が重くなる
現在の制度状況すでに法定提出記載事項の追加が適当との金融審議会報告。具体的な改正内容は今後

「社長だけの責任強化」という理解も少し雑です。

現行の確認書は代表者に加え、最高財務責任者を定めている場合にはCFOも対象になります。最終的に誰が、どこまで、どの表現で確認することになるのかは、実際の内閣府令と様式を見ないと決まりません。

この手の制度改正は、ニュースの見出しより様式の「記載上の注意」のほうが重要だったりします。

背景を「会計不正対策」だけで読むと少し狭い

今回の報道では、会計不正と経営者責任の関係が強く意識されています。

それ自体は分かりやすい話です。

経理部門があり、内部監査があり、監査役等がいて、監査法人まで入っている。それでも、経営者による統制の無視や、海外子会社からの報告遅れ、部門間の情報遮断が起きれば、不正会計や重大な誤りは残ります。

ただ、金融審議会の報告書まで読むと、制度見直しの背景はもう少し広いことが分かります。

有報に載る情報そのものが変わってきたからです。

企業戦略、リスク、人的資本、サステナビリティ。こうした非財務情報は、経理部だけで完結しません。事業部門の判断や社内推計、取引先から得た情報、将来の前提まで入ってきます。

連結決算なら会計システムで数字を集められても、「このサイバーリスクを有報にどこまで書くか」「海外拠点の事故情報は重要性があるか」「人的資本のKPIをどう集計したか」といった話は別です。

従来の財務報告に係る内部統制だけで、有報全体の情報生成プロセスをきれいに覆うのは難しくなっています。

なので今回のテーマは、会計不正を防ぐことだけではありません。

日本企業に「開示統制」をどう根付かせるか。

こちらのほうが制度論としては大きいと見ています。

責任を重くするなら、セーフハーバーも必要になる

もう一つ、今回の議論で外せないのがセーフハーバーです。

金融審議会は確認書の見直しだけを単独で議論してきたわけではありません。将来情報や見積り情報を企業が開示しやすくするため、虚偽記載責任の範囲を明確にするセーフハーバー・ルールも並行して検討しています。

ここはセットで見たほうが制度の狙いが分かります。

例えば5年後の市場規模や投資効果、サステナビリティ関連の推計値は、後から振り返れば当然外れることがあります。

結果が外れたことだけを理由に法的責任を問われる可能性が高ければ、会社側はどうするか。

おそらく、書かなくなります。

あるいは「当社を取り巻く事業環境には不確実性があります」のような、ほとんど何も言っていない文章ばかりになる。

それでは投資家にもメリットがありません。

だからこそ、重要なのは「当たったか」だけではなく、どんな情報を入手し、何を前提に置き、どう検討して開示したかというプロセスになります。

会社側にはその手続をきちんと整えてもらう。一方で、合理的な前提と適切な手続を踏んだ将来情報まで、結果論だけで虚偽記載扱いしない。

確認書の見直しは、このセーフハーバーの議論とつながっています。

単純な「経営者への罰則強化」と読むと、この部分が抜け落ちます。

もちろん、刑事・行政・民事の責任が最終的にどう整理されるかは、法令や今後の制度設計次第です。確認書に新しい文言が増えた瞬間、すべての誤記について社長が刑事責任を負う、といった話ではありません。

ただし、市場から見た説明責任は別でしょう。

「開示手続は機能していると確認しました」と宣言した後で重大な不備が発覚すれば、投資家が知りたいのは当然、「では何を確認していたのか」です。

企業側は、結局何を準備することになるのか

具体的な実務要件は改正案を待つ必要があります。

それでも、「手続を整備した」「実効性を確認した」と経営者が記載する以上、何らかの裏付けは必要になります。

紙のチェックリストを1枚増やして終わり、とは考えにくいです。

実務領域企業側で詰める論点経営者まで上げたい情報
情報収集財務、法務、IR、事業部、海外子会社、サステナビリティなどの責任分担未回収情報、異常値、部門間の食い違い
作成・検討数値の出所、見積りの前提、将来情報を作った過程重要な判断、前期からの変更、異論
承認開示委員会やCFOレビューの権限、修正履歴未解決事項、重要な修正、残っているリスク
監督内部監査、監査役等、取締役会への報告統制不備、内部通報、監査人との重要論点
実効性確認手続が「ある」だけでなく実際に使われたか例外処理、再発防止、翌年度への改善事項

特にややこしいのは、財務情報より非財務情報でしょう。

売上高や棚卸資産は、良くも悪くも会計処理のルールとシステムがあります。

一方で、品質事故、重要契約、サイバー攻撃、人材データ、CO2排出量、海外拠点のコンプライアンス問題となると、情報の持ち主も報告経路もバラバラです。

M&Aを繰り返してきた会社や、海外子会社の管理が弱い会社、事業ごとにシステムが分断されている会社は、このあたりでかなり差が出そうです。

財務数値だけ連結できても、悪いニュースまで同じ速度で本社に上がってくるとは限りません。

それは会計不正案件を見ていると、割と何度も出てくるパターンです。

なお、監査法人がこの確認書の責任を引き受けるわけではありません。

開示手続を作り、運用する主体は会社です。内部監査や監査役等による監督、外部監査人による財務諸表監査とは役割が違います。

この線引きを曖昧にすると、結局「監査法人が見ているから大丈夫」という昔からある誤解に戻ってしまいます。

一番怖いのは、制度が「新しい押印作業」になること

制度として一番避けたいのは、確認書の文言だけ増えて、最後は担当部署が作った資料に社長がサインするだけになるケースです。

これではほとんど意味がありません。

経営トップに見せるべきなのは、問題のない項目を100個並べたチェックリストではないはずです。

むしろ、

未解決の例外が何件あるのか。

重要な見積りを前期から変えていないか。

事業部と経理で見解が割れていないか。

内部通報で何が上がっているのか。

監査法人と揉めている論点はないか。

こういう「嫌な情報」を経営者まで上げられるかどうかです。

チェック項目を増やしすぎると、逆に危ない論点が埋もれます。

内部統制ではありがちな話です。

もう一つ気になるのは、責任を恐れた企業が開示を縮めることです。

将来情報を削り、定型文を増やせば、会社側の法的リスクは下げやすい。一方で、有報はますます読んでも何も分からない書類になります。

セーフハーバーが同時に議論されている理由の一つも、そこにあります。

結局、制度の実効性を決めるのは宣言文の強さではありません。

経営者に悪い情報が届くのか。届いた後、追加調査や修正、開示判断をした記録が残っているのか。

見るべきなのはその2点です。

投資家目線では「宣言しました」はほぼ材料にならない

では、この制度変更を日本株投資家はどう見ればいいのでしょうか。

少なくとも、確認書に新しい一文が加わったからといって、それだけで個別株の評価が一段上がるとは考えにくいです。

全社がほぼ同じ文言を書くようになれば、確認書そのものでは企業間の差がつきません。

市場が見るのは、その後です。

具体的には、訂正有価証券報告書が何度出ているか。内部統制報告書で「開示すべき重要な不備」が出ていないか。決算発表や有報提出の延期が繰り返されていないか。

CFOや経理責任者が短期間で何度も交代する会社も気になります。

海外子会社や買収先で問題が起きた後、調査範囲や再発防止策をどこまで説明したかも見るべきでしょう。

結局、市場は宣言文より履歴を見ます。

開示体制が弱い企業の場合、今回の確認義務強化はむしろガバナンス・ディスカウントを意識させる可能性があります。

一方、不備を早めに把握し、自主的に訂正し、その後の改善状況まで開示できる会社は、長い目では信用を積みやすい。

不祥事が一度もない会社だけが良い会社、というほど市場も単純ではありません。

問題が起きた後の情報の出し方には、かなり企業差があります。

その意味では、新しい確認書そのものより、「宣言した後にどう振る舞ったか」のほうが投資家には重要です。

投資家が見ておきたい開示の履歴

確認書が形式的なものなのか、実態を伴っているのかを見るなら、少なくとも次の項目はセットで追いたいところです。

  • 訂正有価証券報告書の頻度と訂正理由
  • 内部統制報告書に記載された「開示すべき重要な不備」と改善状況
  • 決算発表や有報提出の延期
  • 監査意見や監査人の交代
  • CFO、経理責任者、内部監査責任者の短期間での交代
  • 海外子会社や買収先を含めた管理体制の説明
  • 会計不正や内部通報後の調査範囲
  • 再発防止策と、その後の進捗
  • 取締役会や監査役等がどこまで関与したか

単年度だけ見るより、2~3年並べたほうが会社の癖は出ます。

とくに「訂正→再発防止策公表→翌年また訂正」という会社は、文章では改善を強調していても、開示統制が本当に直ったのか慎重に見たほうがいいでしょう。

2027年春までに何が決まるのか

現時点で確認できる流れはこうです。

時点確認できる内容
2025年12月金融審議会が、開示手続の整備と実効性確認を確認書の記載事項に加えることが適当と報告
2026年2月金融審議会総会で報告内容を説明し、制度対応へ進む
2026年8月29日日本経済新聞が、2027年春にも内閣府令を改正する方針と報道

ここで注意したいのは、「2027年春に府令改正」と「2027年春から企業が新様式を使う」は同じ意味ではないことです。

実務担当者が知りたいのは公布日そのものより、どの事業年度から適用されるのか、経過措置はあるのか、確認書に何と書くのか、実効性の確認をどの程度まで求めるのか、といったところでしょう。

このあたりはパブリックコメントが出れば一気に具体化します。

現段階では、2027年春という日程だけを見て適用年度まで先回りして断定しないほうが安全です。

まとめ

有価証券報告書の「経営者宣言」という言葉は少し強く聞こえますが、新しい署名制度をゼロから作る話ではありません。

すでに存在する確認書を、「完成した有報の内容は適正です」という確認から、「適正な有報を作るための仕組みを整え、それが機能していることまで確認しました」というところまで広げようとしている。

今回の見直しのポイントはそこです。

会計不正の抑止には一定の意味があるでしょう。ただ、確認書を1枚増やしたから不正がなくなるわけではありません。

経営者自身が不正に関与している場合もありますし、そもそも海外子会社や現場から悪い情報が上がってこない会社もあります。

制度が効くかどうかは、結局、経営トップに不都合な情報が届く仕組みを作れるかにかかっています。

投資家にとっても確認書は入口です。

訂正履歴、内部統制の不備、提出遅延、監査人との関係、不祥事後の再発防止策。その後まで追って初めて、「この会社の宣言はどの程度信用できるのか」が見えてきます。

制度改正そのものを買い材料にする話ではありません。

ただ、これまで見えにくかった企業の開示体制の弱さが、今後は少しずつ表に出やすくなる。

日本株を見るうえでは、むしろその点のほうが重要かもしれません。

出典

制度状況と日程は2026年8月30日時点。

  • 金融庁「確認書制度の概要」
  • 金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」報告(2025年12月26日)
  • 金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ(第1回)議事録
  • 日本経済新聞(2026年8月29日付、2027年春の改正予定に関する報道)

関連記事