無料の情報でも、読む時間には別の使い道がある
投資の情報は無料で手に入っても、読む時間は有限です。その時間に別の仕事をする、学ぶ、家族と過ごす、休む、といった選択肢があります。目に見える支出だけを費用と考えると、何を諦めているかが残りません。
機会費用は、ある選択をしたために諦めた、次に良い選択肢の価値です。セントルイス連邦準備銀行の経済教育の説明でも、選ばなかった次善の選択肢に注目しています。想像できる代案をすべて足し合わせる意味ではありません。
お金だけでなく、同じ時間を二つの活動に使えないことにも関わります。ただし、自由な時間を時給で掛ければ必ず収入を失ったことになる、と機械的に評価できるわけではありません。
確定した仕事と、投資を学ぶ時間を比べる例
独自の仮例で、土曜の同じ3時間に、Aの投資勉強会か、Bの報酬6,000円の作業のどちらか一方だけを行えるとします。Bは実際に受けられる確定した仕事で、追加費用はありません。税金は考えない設定です。
Aの参加費が2,000円で、Aを選ぶとBを引き受けられないなら、お金で表せる負担は、参加費2,000円と諦めた報酬6,000円の計8,000円です。Aへ現金で8,000円を支払うのではなく、実際の支出は2,000円、6,000円は得る機会を失う価値です。
それでもAで得る知識に、その負担に見合う価値があると考える選択はできます。機会費用は収入が最大になる方を無条件に選ばせる規則ではなく、比較から落ちやすい代案を見えるようにする考え方です。
現実にできる代案でなければ、比較が大きくなりすぎる
上の例で、Bの仕事が募集されていない、必要な技能がない、別の時間にも実行できる、といった条件なら比較は変わります。同じ時間を使うために失われる機会があるのかを確かめる必要があります。
投資でも、選ばなかった銘柄のうち、後から最も上がったものを必ず買えたと仮定すると、当時の情報や資金の制約を無視します。購入候補だったか、売買単位に足りる資金があったか、負える値動きだったかまでそろえます。
予想利益と確定した利息、すぐ使えるお金と長く動かせないお金も、金額だけでは同じ価値になりません。期間とリスクを合わせる作業が、単純な金額の引き算より先にあります。
投資の比較でも、生活の価値まで費用に切り捨てない
休息や家族との時間には、人によって異なる価値があります。金額へ換算できないからゼロと扱うのも、何でも高い仮定の時給に置き換えるのも、判断をゆがめます。家計と目的に合うかを併せて考えます。
比較する時は、限られているのがお金か時間かを特定し、選ぶ案と実行可能な次善案を置きます。両方の利益、負担、期間を書けば、払う費用は小さくても諦めるものが大きい場合や、あえて支出する価値がある場合を見分けやすくなります。