IM規制の判定フロー 3つの金額を混同しない 1. AANA 1.1兆円 規制対象になるか 2. IM計算 SIMM または標準表方式 3. IMしきい値 70億円 相手グループ単位 担保授受 分別管理 MTAも確認 AANA・IMしきい値・MTAは、それぞれ役割が異なる

当初証拠金は「将来の値動き」を担保する

2007~2009年の世界金融危機では、店頭デリバティブの取引相手が破綻した際の損失と、その影響が金融機関同士へ波及するリスクが問題になりました。G20改革を受け、BCBSとIOSCOは2013年、中央清算されないデリバティブ取引の証拠金に関する国際基準を公表しました。目的は、カウンターパーティ信用リスクの低減と中央清算の促進です。

IMと変動証拠金(VM)は、覆う損失の時間軸が違います。

種類覆うもの基本的な計算授受の考え方
VM現在までに発生した時価損益日々の時価評価原則として日次、ゼロしきい値
IM相手方破綻後、取引を再構築するまでの潜在損失リスクモデルまたは標準表双方向・グロスで計算し、倒産隔離を確保

VMを受け取っていても、その後の市場変動でクローズコストが増えることがあります。その空白期間を高い信頼水準で覆うのがIMです。

対象取引と除外取引

国際基準の中心は、金融機関やシステム上重要な非金融法人同士が行う非清算店頭デリバティブです。金利スワップ、クレジット、株式・コモディティデリバティブ、通貨オプションやNDFなどが対象になり得ます。実際の対象は、両当事者に適用される各国法令、法人区分、取引日、商品分類で決まります。

現物決済のFXフォワードとFXスワップは、BCBS・IOSCO枠組みではIMの授受対象外です。クロスカレンシー・スワップも、固定された元本交換部分はIMから除かれますが、金利部分などまで一律に除外されるわけではありません。VMや為替決済リスク管理については別の要件が残ります。

ここでつまずきやすいのがAANAです。IMを授受しない現物決済FXフォワードとFXスワップも、原則としてAANAの集計には含めます。「商品がIM対象外だからAANAにも入らない」とは限りません。

適用判定は3段階で行う

1. 両当事者が対象エンティティか

IM規制は、対象エンティティ同士の取引に適用されます。日本では金融商品取引業者、登録金融機関などの法令上の区分を確認します。保険会社、資産運用会社、ファンドについても、名称だけでは判定できません。連結範囲、ファンドの倒産隔離、運用会社との関係、相手国規制を確認します。

2. AANAが基準を超えるか

AANAはAggregate Average Notional Amountの略で、連結グループ全体の非清算デリバティブについて、想定元本を集計した平均額です。日本の最終フェーズ基準は1.1兆円。通常は3月、4月、5月の各月末残高を平均し、その年の9月から翌年8月までの適用を判定します。

AANAは時価や信用エクスポージャーではありません。取引間の損益相殺後の金額でもなく、原則としてグロスの想定元本を集計します。日本では2022年9月に1.1兆円基準の最終フェーズが始まりました。

3. 相手方とのIMがしきい値を超えるか

AANAを超えることは「規制対象に入る」という判定です。直ちに全取引で担保移動が始まるわけではありません。

日本では、二つの連結グループ間のIMについて70億円までのしきい値を設定できます。計算IMが70億円を超えた場合、原則として超過部分を授受します。この枠は法人ごとではなくグループ単位で配分するため、複数の取引法人やカストディ口座がある場合は、使用額を一元管理しなければなりません。

70億円と7,000万円は役割が違う

金額役割実務上の意味
1.1兆円AANA基準IM規制の対象グループになるかを判定
70億円IMしきい値相手グループとの計算IMから控除できる上限
7,000万円MTAの上限小口の担保移動を繰り延べられる上限

MTA(Minimum Transfer Amount)は、受け渡すべき証拠金が小さいときに送金や担保振替を繰り延べるための基準です。日本では当事者間で定めるMTAの上限が7,000万円です。MTA未満の債務が消えるわけではなく、その後の増減と合算して基準へ達すれば移動します。

IMとVMの双方にMTAを設定する場合、適用規制と契約上の配分を確認します。同じ取引関係でIM用7,000万円、VM用7,000万円を無条件に二重使用できるとは限りません。

IMの計算方法

ISDA SIMM

ISDA SIMMは、非清算デリバティブの規制IMを計算する業界標準モデルです。デルタ、ベガ、曲率、集中リスクなどの感応度をリスククラスとバケットへ割り当て、相関を使って集約します。2026年7月11日からはSIMM Version 2.8+2512が有効です。

ポートフォリオのヘッジや分散を反映しやすいため、標準表方式よりリスク感応的です。ただし、集中ポジションや相関の低いヘッジでは必要額が増えることもあり、「SIMMなら必ず担保が少なくなる」とは限りません。利用には、適用法令に応じたモデル承認、ガバナンス、感応度の品質管理、バックテストなどが必要です。

標準表方式

標準表方式は、資産クラスと残存期間に応じた率を想定元本へ掛けます。BCBS・IOSCOの標準表では、例えば金利は1~4%、為替は6%、株式とコモディティは15%です。

まず各取引の所定率からGross IMを求め、法的に有効なネッティングセットごとに次の式で調整します。

IM = Gross IM ×(0.4 + 0.6 × NGR)

NGRは、ネット再構築コストをグロス再構築コストで割った比率です。NGRが0ならGross IMの40%、1なら100%になります。標準表方式にも限定的な相殺効果はありますが、SIMMほど細かなリスク感応度は反映しません。

IMはグロス授受と倒産隔離が原則

IMは、A社からB社へ100、B社からA社へ80という計算なら、差額20だけを渡すのではなく、双方がそれぞれの額を差し入れるグロス方式が原則です。受領側は相手方破綻時に担保を利用でき、差入側は受領側が破綻しても担保を回収できる法的構造が必要になります。

日本の監督指針は、ISDAマスター契約、IM CSA、信託設定などのIM管理契約を例示しています。実務では信託銀行やグローバルカストディアンを使い、担保を倒産隔離した口座で管理することが一般的です。ただし、国際基準が全法域に同一の「三者間口座」を指定しているわけではありません。準拠法、担保権方式か所有権移転方式か、現金か有価証券かによって契約構造は変わります。

IMの再担保化・再利用は原則として強く制限されます。BCBS・IOSCO基準には厳格な条件下で一回限りの再利用を許容し得る枠がありますが、各国の実装は同じではありません。日本では信託またはこれに類する方法による管理と、倒産隔離・利用制限を前提に確認します。VMも「常に自由に再利用できる」とは限らず、担保の種類、CSA、準拠法、規制を確認する必要があります。

実務で負荷が集中する7項目

  • AANA集計:全法人・全商品を横断し、対象外商品の集計漏れや二重計上を防ぐ
  • 相手方判定:相手グループの対象法域、AANA、規制上の地位を自己申告書などで確認する
  • 契約整備:IM CSA、担保管理契約、口座管理契約、法的意見書を期限前にそろえる
  • モデル照合:CRIF、感応度、通貨換算、取引分類、SIMMバージョンを相手方と一致させる
  • 担保管理:適格担保、ヘアカット、通貨ミスマッチ、集中、wrong-way riskを管理する
  • 流動性管理:現金や国債を差し入れる資金調達コストと、ストレス時のIM増加に備える
  • クロスボーダー対応:日本、EU、米国など複数規制の重複、代替的コンプライアンス、休日差を確認する

計算不一致はSIMMそのものだけでなく、取引の欠落、感応度の符号、満期バケット、FX換算レート、ネッティングセット、モデル版の違いでも起こります。照合サービスは有力な手段ですが、特定ベンダーの導入が法令上一律に必須というわけではありません。

70億円未満なら担保授受を始めない選択ができても、IMを計算し、しきい値への接近を監視する作業は残ります。BCBS・IOSCOも、しきい値へ近づく段階で契約・カストディ・オペレーションを準備するよう求めています。超過してから口座開設を始めると、取引継続が難しくなるためです。

まとめ

IM規制の実務は、AANA1.1兆円、IMしきい値70億円、MTA7,000万円の順に見ると整理できます。AANAは対象グループ判定、70億円は相手グループとの免除枠、MTAは小口移動の繰延基準です。

計算はSIMMまたは標準表方式を使い、担保は双方向・グロスで授受し、倒産隔離を確保します。最も時間がかかるのは計算式だけではありません。対象法人の特定、契約、カストディ口座、担保在庫、照合、紛争対応までを一つの運用として設計する必要があります。

出典

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