まず結論
国別比較では、次の式を使える制度だけ倍率に直します。
総建玉倍率 = 株式の購入額 ÷ 投資家が当初負担する資金
購入額に対する保証金率が30%なら約3.3倍、50%なら2倍です。ところが、シンガポールのように「口座のエクイティ÷借入残高」、香港やオーストラリアのように「借入残高÷担保評価額」で管理する制度もあります。これらを保証金率と同じように逆数計算すると、実態と異なる倍率になります。
以下は、個人による上場株の信用買い・購入資金のマージン融資が対象です。先物、オプション、個別株CFD、レバレッジETF、空売り、IPO申込融資、資金使途を問わない一般的な証券担保ローンは除きます。
11の国・地域を比較
| 国・地域 | 当初基準 | 最大倍率の読み方 | 維持基準・追証 | 制度上の注意点 |
|---|---|---|---|---|
| 日本 | 約定額の30%以上、かつ30万円以上 | 約3.3倍 | 法定最低20% | 証券会社がより高い保証金率・維持率を設定できる |
| 米国 | 原則50% | 2倍 | FINRA最低25% | 非適格株は100%。ハウスマージンは30~40%以上になることがある |
| 中国本土 | 融資保証金比率100% | 融資買付額は保証金相当まで | 取引所・証券会社基準 | 2026年1月に80%から100%へ引き上げ。既存契約等は旧基準 |
| 台湾 | 自己資金40%、融資60% | 2.5倍 | 口座全体で130% | 130%未満は原則2営業日以内に不足額を補う |
| シンガポール | 証券会社・担保別 | 一律値なし | エクイティが借入残高の110%以下で追加担保 | 140%の新規取引基準は2025年4月に削除 |
| インド | F&O対象Group I株はVaR+3×ELM、その他の対象株等はVaR+5×ELM | 必要証拠金率の逆数 | 同率を維持し、値下がり分も徴収 | 銘柄と相場で必要率が変わる |
| カナダ | Reduced Margin対象株は30% | 対象株は約3.3倍 | 銘柄区分・会社基準 | 通常銘柄はより高率、信用不適格なら全額負担 |
| 韓国 | 証券会社・商品・銘柄別 | 全国一律値なし | 証券会社別 | 例としてSamsung Securitiesは45~60%、維持率140~160% |
| 香港 | 証券会社が銘柄別に設定 | 一律値なし | 証券会社が設定 | 流動性・変動率・集中度に応じて掛目や融資枠が変わる |
| 英国・EU | 契約・金融機関別 | 共通倍率を算出しない | 契約・金融機関別 | 個別株CFDのレバレッジ制限とは別の取引 |
| オーストラリア | 貸し手がLVRを設定。一般例は上限70% | LVR70%なら約3.3倍 | LVR超過でマージンコール | 銘柄別LVRとバッファーを確認する |
表の「最大倍率」は、規制上の最低資金だけを置いた計算です。担保に株式を使う場合は評価額に掛目が入り、集中投資や値動きの大きい銘柄では借入可能額が下がります。実際に画面へ表示される余力は、この表より小さいことがあります。
数字を修正して読むべき国
中国本土:100%でも「現物だけ」とは限らない
上海・深圳・北京の各取引所は2026年1月、新規の信用買いに必要な融資保証金比率を80%から100%へ戻しました。保証金100に対して融資による買付額は100まで、という関係です。したがって「融資買付額÷保証金」は1倍ですが、差し入れた保証金も投資家の資産であるため、口座全体の総エクスポージャーをどう数えるかで見かけの倍率は変わります。
シンガポール:140%は現行の当初基準ではない
SGXの旧規則には、新規取引後のエクイティを借入残高の140%以上とする条文がありました。しかし、現行のSGX-ST Rule 3.10では、この当初基準に当たるRule 3.10.6が2025年4月1日付で削除されています。現在も、エクイティが借入残高の110%以下になった場合の追加担保・新規取引制限は残っています。
したがって、2026年7月時点で「シンガポールは規制上3.5倍」とするのは不正確です。実際の借入可能額は、証券会社の融資方針と担保の評価額で決まります。
インド:掛け算の位置で必要証拠金が変わる
インドの現行基準は、F&O対象のGroup I株が「VaR+3×ELM」、その他のGroup I株と株式ETFが「VaR+5×ELM」です。「(VaR+ELM)×3」ではありません。NSEの例ではVaR12.5%、ELM5%の対象株は当初27.5%となり、単純な総建玉倍率は約3.6倍です。維持率も同じ考え方で管理され、値下がりによる不足分は別途反映されます。
韓国:注文保証金と信用融資条件を混ぜない
韓国は銘柄別の委託保証金率が20~100%で表示されることがありますが、それだけで信用融資の最大倍率は決まりません。融資商品の保証金率、担保維持率、信用供与対象銘柄を証券会社ごとに確認する必要があります。2026年7月から全国一律40%になったわけではありません。
倍率より先に確認したい4項目
- 率の定義:購入額に対する保証金か、借入残高に対する担保価値か
- 会社の上乗せ:規制最低値より厳しい「ハウスマージン」がないか
- 銘柄の掛目:低流動性株、低位株、集中保有で融資率が下がらないか
- 強制売却の手順:追証期限、会社の裁量、通知なしで売却される条件
ここでつまずきやすいのが、「最大3.3倍まで使える」と「3.3倍で持ち続けられる」を同じ意味にすることです。限度いっぱいで買えば、小幅な下落でも維持率へ近づきます。金利や手数料も保証金余力を削るため、規制上限は安全な利用水準を示す数字ではありません。
まとめ
購入額に対する当初保証金だけなら、日本は約3.3倍、米国は2倍、台湾は2.5倍、カナダのReduced Margin対象株は約3.3倍と比較できます。中国は融資保証金比率100%、インドはVaRとELMによる変動制です。シンガポール、韓国、香港、英国・EU、オーストラリアは、単一の倍率だけで並べると誤解が生じます。
海外口座で実際に使うなら、国名よりも「口座契約・対象銘柄・担保掛目・追証期限」の4点を見る方が現実的です。制度や証券会社の条件は変わるため、発注前に最新の公式条件を確認してください。
出典
- 日本取引所グループ「委託保証金」、同「委託保証金維持率」
- FINRA「Brokerage Accounts(Margin Requirements)」
- 上海証券取引所「上海・深圳・北京の融資保証金比率引き上げ」
- 台湾証券取引所「你應知的信用交易」
- SGX-ST Rule 3.10.7「Margin Financing」、Rule 3.10.6(2025年4月1日以降は削除)
- NSE「FAQs on Margin Trading Facility」
- CIRO「List of securities eligible for reduced margin」
- Samsung Securities「信用取引制度案内」
- 香港SFC「Margin Lending Policy and Control Requirements」
- FCA Handbook「securities financing transaction」、ESMA「SFTRに基づく証券金融取引」
- ASIC MoneySmart「Borrowing to invest」