結論と比較表
投資判断では、最初に「どの銘柄を買うか」ではなく、「何を確認できれば評価を上げられるか」を整理したい。
| 銘柄 | 評価 | 収益力 | キャッシュ/財務 | 主なリスク | 次に見るKPI |
|---|---|---|---|---|---|
| トヨタ | A | 高い | 非常に厚い | 関税、北米赤字、費用増 | 北米営業利益、関税影響、営業CF |
| ホンダ | B | 表面赤字、調整後は黒字 | 二輪・金融が支える | EV損失、四輪、中国・アジア | 調整後OP、EV損失、二輪利益 |
| SUBARU | B | 低下後の回復計画 | 要確認 | 北米集中、関税、販売奨励金 | 米国販売、営業利益率、在庫 |
| 日産 | C | 極めて薄い | 流動性はあるが赤字 | 構造改革、低利益率、無配 | 営業利益率、FCF、商品投入 |
この表は売買推奨ではない。むしろ、ポートフォリオに入れる前にどこを検証すべきかを整理するための表である。
まず、事実と推定を分ける
貼り付けメモでは、ROIC、WACC、3年EPS CAGR、予想PERなどが投資マトリクスに入っていた。方向性としては面白いが、未検証のまま本文の中核に置くと、数字が精密に見えすぎる。
本稿では、まず公式決算で確認できる数字を主軸にする。
| 銘柄 | 2026年3月期売上/収益 | 営業利益 | 営業利益率 | 純利益等 | 次期営業利益計画 |
|---|---|---|---|---|---|
| トヨタ | 50.685兆円 | 3.766兆円 | 約7.4% | 3.848兆円 | 3.000兆円 |
| ホンダ | 21.797兆円 | -4,143億円 | -1.9% | -4,239億円 | 5,000億円 |
| SUBARU | 4.785兆円 | 401億円 | 約0.8% | 908億円 | 1,500億円 |
| 日産 | 12.008兆円 | 580億円 | 約0.5% | -5,331億円 | 2,000億円 |
注意したいのは、営業利益率だけならトヨタが明確に上位で、SUBARUと日産はかなり薄いことだ。ホンダは表面上赤字だが、EV関連損失を除いた調整後営業利益は1兆円超とされるため、赤字そのものだけで判断すると読み誤る。
今の自動車セクターで見るべき4つの論点
1. 米国関税は利益率を直接削る
トヨタは、米国関税政策による2026年3月期営業利益への押し下げ影響を1兆3,800億円と開示している。これは一時的なノイズではなく、北米で稼ぐ日本車メーカー全体にとって、利益率の読み方そのものを変える変数だ。
SUBARUも、米国向け比率が高い。中国リスクは小さいが、米国関税と北米在庫、販売奨励金の変化を強く受ける。つまり、地政学リスクの種類が違う。
2. EVは成長テーマではなく損益管理テーマになった
ホンダは2026年3月期にEV関連損失を大きく計上し、営業赤字に転落した。一方で、会社資料ではEV関連損失を除く調整後営業利益は1兆円超とされている。
ここは評価が分かれる。
- 強気に見るなら、損失処理で悪材料のかなりの部分を先に出した。
- 慎重に見るなら、四輪事業の競争力低下とEV戦略転換のコストはまだ完全には終わっていない。
EVはもう「夢の成長テーマ」としてではなく、誰が損失をどれだけ早く処理し、HEV・ICE・SDV投資へ資金を再配分できるかを見る局面に入っている。
3. HEV回帰はプラスだが、全社を救うとは限らない
HEV需要の強さは、トヨタにとって明確な追い風だ。ホンダにもe:HEVの改善余地がある。
ただし、HEV回帰だけで全社評価を上げるのは危うい。北米関税、販売奨励金、中国・アジア競争、R&D、EV損失、販売金融の金利環境が同時に動く。市場は「HEVが強い」だけでなく、「HEVの利益が関税や構造改革費用をどこまで吸収できるか」を見ている。
4. 販売金融も見る:完成車メーカーの利益は車両だけでは決まらない
自動車株を見る時は、完成車の営業利益だけでなく、販売金融も確認したい。
トヨタやホンダは、車両販売に加えて金融事業が利益を補完する。金利収益、残価設定、リース、販売金融の信用コストは、完成車部門の利益率が揺れる局面で全社収益の見え方を変える。
ただし、販売金融は常にプラス材料ではない。金利上昇、延滞率、残価リスク、調達コストが悪化すれば、金融事業の利益も圧迫される。したがって、完成車メーカーを比較する時は、次の順番で見ると実態に近づきやすい。
完成車の営業利益
↓
金融事業の利益
↓
信用コストと残価リスク
↓
全社営業CF
銘柄別メモ
1. トヨタ自動車(7203)
事実
トヨタの2026年3月期は、営業収益50.685兆円、営業利益3.766兆円だった。営業利益は前期比で約2割減ったが、それでも他社とは桁が違う。営業CFも5兆円台で、資金力は厚い。
一方、米国関税の影響は1兆3,800億円。北米は営業赤字となり、販売台数が伸びても利益率は守り切れていない。
投資判断で見る点
トヨタは「関税でも壊れにくい会社」ではある。ただし、「関税を完全に相殺できる会社」ではない。この違いが大事だ。
次に見るべきは、北米採算が赤字から戻るか、費用増をどこまで抑えられるか、そして金融事業の利益が一過性に見られないかである。
暫定評価
A(有力候補)
セクター内のコア候補。ただし、強気評価の根拠は「PERが低いから」ではなく、販売規模、営業CF、HEV供給網、財務耐久力の厚さに置くべきだ。
2. 本田技研工業(7267)
事実
ホンダの2026年3月期は、営業損失4,143億円、親会社所有者帰属損失4,239億円だった。主因はEV関連損失で、会社資料では2026年3月期のEV関連損失が1兆4,536億円、調整後営業利益が1兆393億円と示されている。
2027年3月期は営業利益5,000億円を見込む。ただし、この計画にもEV関連損失5,000億円を織り込んでいる。
投資判断で見る点
ホンダを単純に「赤字だから弱い」と切るのは雑だ。二輪事業は強く、会社は2027年3月期の二輪販売を2,280万台と見込んでいる。キャッシュを生む柱は残っている。
問題は四輪だ。中国・アジアの競争力、北米の関税、EV戦略転換の追加負担が、二輪の稼ぐ力をどこまで食うのか。ここを見ないまま「二輪があるから大丈夫」と言い切るのも危ない。
暫定評価
B(条件付き)
二輪と調整後利益は評価できる。ただし、投資判断は四輪回復とEV関連損失の収束確認が前提になる。
3. SUBARU(7270)
事実
SUBARUの2026年3月期は、売上収益4.785兆円、営業利益401億円。営業利益は前期比で約9割減った。会社は、米国追加関税の影響などを減益要因として説明している。
2027年3月期は、売上収益5.200兆円、営業利益1,500億円を見込む。
投資判断で見る点
SUBARUは、中国リスクが相対的に小さい点が魅力だ。ただし、その分、北米依存が強い。米国販売が強い時は収益が伸びやすいが、関税・在庫・販売奨励金・為替が逆に振れると、利益率が一気に削られる。
中国に近くないことは防御材料だが、米国に近すぎることは別のリスクになる。
暫定評価
B(条件付き)
米国市場の回復と関税影響の落ち着きが確認できれば見直し余地はある。ただし、現時点では北米集中リスクを理由に、トヨタより一段慎重に見る。
4. 日産自動車(7201)
事実
日産の2026年3月期は、売上収益12.008兆円、営業利益580億円、営業利益率0.5%、親会社株主に帰属する当期純損失5,331億円だった。
2027年3月期は営業利益2,000億円を見込むが、配当予想はゼロとされる。
投資判断で見る点
日産は営業黒字を確保したものの、営業利益率0.5%ではまだ薄い。欧州やアジアの採算、北米での販売奨励金、構造改革費用、商品投入の遅れを考えると、PBRの低さだけで買うには材料が足りない。
ここで見るべきは、営業利益の絶対額ではなく、営業利益率が1%、2%、3%へ戻る道筋が本当にあるかだ。
暫定評価
C(慎重)
構造改革の成果が見えるまでは、バリュー株というより、バリュー・トラップの検証対象として扱う方が安全だ。
ROICスプレッドを使うなら、次回の検証項目にする
ROICスプレッドは、自動車株を見るうえで有効な考え方だ。資本集約産業では、営業利益が出ても資本コストを上回らなければ、株主価値は増えにくい。
ただし、今回のレポートでROIC、WACC、3年EPS CAGRを断定表に入れるには、まだ検証が足りない。次回以降は次の順番で確認したい。
- 会社別の投下資本定義を統一する
- 自動車事業と金融事業を分ける
- 一過性損失を除いた調整後営業利益を使うかを決める
- WACC前提を明記する
- ROICスプレッドを3期平均で見る
ここまで揃って初めて、ROICスプレッド表は投資判断に使える。
株価は何を織り込むのか
市場が今後織り込むのは、2026年3月期の実績よりも、2027年3月期の回復速度だ。
特に注目したいのは、次の4点である。
- トヨタ: 関税影響縮小の兆候
- ホンダ: EV関連損失の減少速度
- SUBARU: 北米利益率の回復
- 日産: 営業利益率1%超への復帰
株価は利益の絶対額だけではなく、「利益率がどの方向へ向かうか」に先行して反応する可能性が高い。
したがって、決算発表後に見るべきは、売上高の増減だけではない。関税影響を差し引いた営業利益率、調整後営業利益、営業CF、FCF、ROICスプレッドの改善方向を確認する必要がある。
総合判断
自動車セクターの6/11戦略は、トヨタをコア候補、ホンダとSUBARUを条件付き、日産を慎重に置くのが自然だ。
トヨタは、関税影響を受けてもなお営業利益と営業CFの厚みがある。ホンダは、表面赤字の下に二輪と調整後利益の強さが残るが、EV損失と四輪回復を確認したい。SUBARUは、中国リスクの低さよりも北米集中のリスクを見る局面。日産は、営業利益率0.5%と最終赤字が残るため、構造改革の実効性が見えるまで慎重に扱う。
次に見るべきKPIは、PERではない。
関税影響
↓
営業利益率
↓
調整後営業利益
↓
営業CF・FCF
↓
ROICスプレッド
この順番で見ると、テーマ性ではなく、利益と資本効率の質で自動車株を比較できる。
出典・注意
本記事は、各社の2026年3月期決算資料、公式IR情報、公開報道をもとにした投資分析メモである。市場データ、PER、PBR、配当利回り、株価は時点により変化する。本文中の評価は売買推奨ではなく、検証順序を示すための暫定分類である。
- トヨタ自動車「2026年3月期 決算短信〔IFRS〕(連結)」および決算説明資料、開示日: 2026-05-08
- 本田技研工業「Fiscal Year Ended March 31, 2026 Financial Results」および決算説明資料、開示日: 2026-05-14
- SUBARU「Latest Results and Forecast」、開示日: 2026-05-15
- 日産自動車「Consolidated Financial Results for FY2025」、開示日: 2026-05-13
- 確認日: 2026-06-09