源泉徴収ありの特定口座で、何が変わるのか
現在、源泉徴収ありの特定口座では、口座内の上場株式等の譲渡所得を申告不要にできます。ところが後期高齢者医療では、同じ金融所得でも、確定申告した場合は保険料などに反映され、申告しない場合は反映されない差があります。
改正後は、金融機関等から報告された法定調書の情報を使い、申告されていない対象所得も把握します。本人が確定申告をしなくても、後期高齢者医療の負担判定に届く仕組みです。
この改正を含む「健康保険法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第31号)は、2026年5月29日に成立し、6月5日に公布されました。金融所得を反映する法的な枠組みは成立済みです。2029年1月の報告義務化と同年8月の初回反映は、別途示された実施日程案です。
対象の金融所得を確定申告していた人は、従来から所得情報が把握され、保険料等の算定に反映される仕組みです。同じ所得を二重に加算する変更ではありません。新たに影響を受けるのは、申告不要を選び、これまで把握されていなかった対象所得がある人です。
今回の改正は、医療保険で使う所得情報を広げるものです。所得が新たに算入されても、実際の増額や負担割合の変更は、控除・軽減・限度額や世帯条件によって異なります。
対象は「原則75歳以上」――年齢だけでなく加入制度を見る
対象の中心は後期高齢者医療の被保険者です。原則75歳以上が加入し、65〜74歳でも一定の障害について広域連合の認定を受けた人は対象になります。
| 加入している制度・状況 | 今回の金融所得反映との関係 |
|---|---|
| 原則75歳以上で後期高齢者医療に加入 | 対象となる制度の加入者 |
| 障害認定を受けた65〜74歳で後期高齢者医療に加入 | 同じく対象となる制度の加入者 |
| 国民健康保険に加入 | 今回示された後期高齢者医療の日程の適用対象には含まれない |
| 会社員などの被用者保険に加入 | 今回の仕組みを一律に適用する対象には含まれない |
国民健康保険や介護保険への反映を求める議論はありますが、厚労省の10月資料でも、これらは検討を求める論点として扱われています。「2029年から全年齢の投資利益に社会保険料が上乗せされる」と広げて読むことはできません。
2029年開始でも、初回に使うのは2028年分の所得
10月16日の資料は、法定調書の提出時期に合わせた段階導入を示しています。以下は2026年11月1日時点で確認した実施日程案です。法的な枠組みの成立は確定した事実ですが、表の日程は厚労省資料上の案です。
| 時期 | 予定されている対応 | 所得の発生時期との関係 |
|---|---|---|
| 2029年1月 | 金融機関等のオンライン報告を義務化 | 同月末提出の年次調書には2028年分の所得を記載 |
| 2029年8月 | 年次提出分から初回反映 | 特定口座年間取引報告書などに記載された2028年分が対象 |
| 2030年8月以降 | 月次提出分も含む、対象となる全ての法定調書の所得を反映 | 2029年分の所得を反映する段階へ |
「2029年になってから発生した利益だけが初回の対象」と考えると、所得年を1年取り違えます。また、年次調書と月次調書では初回反映のタイミングが異なります。
2029年8月は資料上の初回反映予定日です。個々の保険料の変更・通知・徴収や引き落としの時期は、加入先の広域連合・市区町村の運用によります。
売却益・配当と、資産残高・NISAを分ける
対象の柱は、申告の選択によって負担への反映が変わっていた上場株式等の金融所得です。特定口座の売却益や配当等に加え、課税対象となる投資信託の普通分配金や特定公社債の利子等も、該当する法定調書を通じて把握する仕組みになります。
NISAの非課税所得と預貯金利子は今回の対象外です。資産残高そのものも今回の改正には含まれず、株を売らずに持っている間の含み益を、そのまま売却益として加える仕組みではありません。
預金の利子と国債等の利子は扱いが違います。また、株を売らなくても、課税対象の配当を受け取れば、その配当は所得の判定に関係します。
売却金額と利益も別です。例えば、取得費400万円の株式を500万円で売り、売却費用を無視すれば、差益は100万円。500万円全額を所得とみなす計算にはなりません。実際の算定では、取得費・費用や損益の扱いを踏まえた所得額が問題になります。
保険料の増加と、窓口の1割・2割・3割は別の判定
保険料は保険に加入していることへの負担、窓口負担は受診した医療費のうち自分で払う割合です。金融所得の反映は両方に関係しますが、計算方法は異なります。
| 比べる点 | 保険料 | 窓口負担割合 |
|---|---|---|
| 何を決めるか | 年間に納める額 | 保険診療の医療費に対する1割・2割・3割の区分 |
| 所得が増えた場合 | 所得割や軽減判定などを通じて額が変わり得る | 区分の基準をまたいだ場合に割合が変わり得る |
| 金融所得以外の条件 | 料率、控除、軽減、限度額など | 本人や同一世帯の被保険者の所得・収入など |
後期高齢者医療の保険料には所得割と均等割があり、前年所得などをもとに算定します。所得割が増えても、窓口負担が同じ区分にとどまる場合があります。逆に、窓口負担の区分が変わるかどうかは、保険料の増加額からは読み取れません。
例えば保険診療の医療費総額が1万円なら、単純計算で窓口負担は1割で1,000円、2割で2,000円、3割で3,000円です。高額療養費等の適用は除いた、割合の意味を示す例です。この額とは別に保険料を納めます。
2029年度の料率や詳細な算定条件は、今回の資料だけでは確定できません。実際の増加額は、導入時の計算方法と本人・世帯の所得をもとに見積もることになります。
75歳の人が2028年に株式売却益100万円を得たら
2028年時点で75歳の人が、源泉徴収ありの特定口座で、費用控除後の株式売却益100万円を得たとします。他の売却損や繰越損失はなく、翌年も後期高齢者医療に加入する例です。
- 税金:口座内で所定の税金が源泉徴収され、申告不要を選べます。100万円がそのまま手取りになるわけではありません。
- 医療保険:申告不要でも、この所得は年次の法定調書を通じて把握され、日程案では2029年8月からの負担判定に反映されます。税金が引かれたことで、判定から外れるわけではありません。
保険料の増加額や窓口負担割合が変わるかどうかは、年金などの所得、世帯条件、控除・軽減・限度額、導入時の算定規定によります。この例から増額を予測することはできません。
夫婦世帯では、本人以外の窓口負担にも関係する場合がある
保険料は加入者ごとの算定が基本ですが、窓口負担割合には世帯内の被保険者の所得・収入を使う判定があります。例えば80歳の夫と78歳の妻が同じ世帯で後期高齢者医療に加入していると、夫の金融所得の反映が、妻を含む世帯の負担割合の判定に関係する場合があります。
現行の2割負担の判定でも、3割負担に当たらないことを前提に、課税所得の条件と、同じ世帯の被保険者の「年金収入+その他の合計所得金額」などを組み合わせます。夫婦の片方の利益だけで「2人とも2割になる」とは決められません。これらは現行の仕組みの説明で、2029年の基準を保証するものではありません。
株式の売却損や損益通算はどう扱うのか
利益のある取引だけを足し上げると、年間所得を取り違えます。例えば同じ年の一つの特定口座で、上場株式の売却益100万円と売却損70万円だけがあれば、差し引きの譲渡損益は30万円です。これは口座内の年間損益の計算例です。30万円が新制度の算定所得にそのまま採用されると確定した例ではなく、保険料の増額も示していません。
現行の税制では、源泉徴収口座に受け入れた配当等と譲渡損失を口座内で通算できる仕組みがあります。他の口座との損益通算や、要件を満たす損失の翌年以後3年間の繰越控除には、確定申告が必要です。
複数口座の通算や繰越損失、申告済み所得との調整を新しい情報連携でどう処理するかは、今回確認した資料では確定できません。今後の実施規定と広域連合の計算例を待つ部分です。税務上の控除が、申告なしで医療保険にも全て自動適用されるとの前提は置けません。
NISAで生じた損失は、課税口座の利益との損益通算や繰越控除には使えません。
NISAは対象外でも、特定口座からそのまま移せるわけではない
NISAの非課税所得を除外する扱いは、老後の手取りを考える際にも意味を持ちます。ただ、課税口座ですでに持っている株式を、そのままNISAへ移管することはできません。
課税口座の株式を売ってNISAで買い直すときも、先に確定した課税口座の売却益は残ります。売却益への課税や今回の医療保険への反映が、買い直しによって消えるわけではありません。売買に伴う価格変動や費用、利用できる投資枠もあるため、制度改正だけを理由に買い替えが有利とは言い切れません。
国内上場株式の配当では、NISAで保有していても受取方法に注意が必要です。非課税の適用には株式数比例配分方式などの要件があり、発行会社から直接受け取る配当は課税扱いです。「NISA保有」という表示だけで、全ての受取金を対象外と判断することはできません。
保険料への影響だけを優先すると、生活費のためにいつ現金が必要か、どの程度の価格変動を受け入れられるかという、運用上の条件が抜け落ちます。
よくある誤解をQ&Aで確認
確定申告しなければ、これからも保険料に影響しない?
申告不要でも、対象の金融所得は負担判定に反映する予定です。
65〜74歳は全員対象外?
一定の障害について認定を受け、後期高齢者医療に加入している人も対象です。
株を売らなければ、反映される所得はない?
含み益は売却益になりませんが、課税対象の配当を受け取れば判定に関係します。
NISAの利益や預金残高も今回の対象になる?
NISAの非課税所得、預貯金利子、資産残高そのものは今回の対象外です。
国民健康保険も2029年8月に同時変更される?
今回の日程案は後期高齢者医療のもので、国保への同時導入を示していません。
2028年の株式利益が対象に|今から確認しておきたいこと
対象は原則75歳以上などの後期高齢者医療の加入者。初回に使う所得年は2028年分、負担判定への初回反映は2029年8月の予定です。実際の保険料の変更・通知・納付時期は、加入先の案内によります。
今から手元で確かめられるのは、加入している医療保険の種類と、口座ごとの所得・損失です。今後の実施規定や計算例が出れば、取引報告書や申告書を使って、どの所得が保険料と窓口負担の判定に使われるかを照合できます。
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出典
制度・日程の確認日:2026年11月1日。制度説明と図解は、以下の公的資料等に基づきKABUTRACKが作成。
- 厚生労働省:第218回社会保障審議会医療保険部会・資料一覧(2026年10月16日)、資料3・金融所得反映の日程案(特に2〜3、6ページ)
- 厚生労働省:医療保険制度改正法が成立しました(2026年5月29日成立。同ページの関係資料で令和8年法律第31号・6月5日公布を確認)
- 厚生労働省:第203回医療保険部会資料・金融所得と課税及び保険料等への勘案の状況(2025年11月13日。資料1-2の14ページ、対象所得の整理に使用)
- 衆議院:第221回国会・厚生労働委員会第6号(2026年4月22日。NISA・預貯金利子・金融資産の扱いに関する政府答弁)
- 厚生労働省:後期高齢者の窓口負担割合の変更等(被保険者の範囲・負担割合の考え方)
- 国税庁:No.1476 特定口座制度、No.1474 譲渡損失の損益通算・繰越控除、No.1535 NISA制度(いずれも2026年4月1日現在法令等)
- 厚生労働省:第217回医療保険部会・高齢者医療制度について(2026年10月1日。現行の保険料の仕組み)
- 政府広報オンライン:NISAの制度解説(課税口座からNISAへの移管)