円安・人民元堅調を読む2本の外貨フロー

9月18日の利上げ決定後も円が買われなかった理由

円安・人民元堅調という組み合わせでも、通貨を一つの「買い・売り」の物語で説明するのは難しいです。比較期間を9月18日の会合を挟む日中に絞ると、日銀の利上げ決定と、市場の評価を分けて読めます。

円は、日銀が利上げしたかどうかよりも、今後の利上げペースがどこまで速くなるか、そして日米金利差がどの方向へ動くかに反応します。日銀は9月18日の金融政策決定会合で、無担保コール翌日物を1.25%程度へ誘導する方針を7対2で決めました。7対2の票割れが、決定そのものより先行きの不確実さを意識させた可能性もあります。先行きの政策運営は経済・物価・金融情勢を見ながら、為替を含むリスクも踏まえて判断する考えです。利上げの事実だけで円高が定着するとは限りません。

人民元も、貿易黒字が大きいから自動的に上昇する通貨ではありません。中国の国際収支では、経常収支の黒字と資本・金融勘定の赤字が同じ速報に記録されています。価格形成に制度運営が入る点が、円との大きな違いです。

見るべき差は「日本は弱く、中国は強い」という単純な比較ではありません。今回の局面では、円は金利差と海外資産への資金配分、人民元は貿易黒字と政策運営・資本規制を軸に読むのが自然です。

ドル円・ドル人民元・人民元円を分けて読む

まず、ドル円、ドル人民元、人民元円を分けます。人民元円が上昇していても、人民元自体が対ドルで上昇しているとは限りません。円がドルに対してより大きく下落していれば、人民元円は上がります。

図解:3つの為替レートを分けて読む

3つの為替レートを分けて読む

日銀の9月18日の日次データでは、ドル円は9時の156円15〜17銭から17時の157円48〜50銭へ動きました。同日9時から17時にかけて円が対ドルで下落したことを示す数字ですが、9月全体の騰落率とは別の話です。人民元円も、同じ時点のドル人民元と並べて読みます。

同日午前の人民元も対ドルで堅調でした。Reuters配信記事によると、オフショア人民元は一時1ドル=6.6956元、オンショア人民元も1ドル=6.6983元付近まで買われています。日銀会合の決定後に人民元が上がったという意味ではありません。日中の市場レートと、CFETSの基準値は定義も違います。ここで使うのは、同じ9月18日に人民元の対ドル相場も強かったという事実だけです。

同じ理由で、「人民元高」を中国株や中国資産への海外資金流入と直結させるのも危険です。対ドル相場、人民元円、通貨バスケットの動きを並べると、どの通貨が主因で動いているのかを切り分けやすくなります。

日銀の政策金利が上がれば、理屈の上では円の運用妙味が高まります。しかし、為替市場が反応するのは現在の金利水準だけではありません。市場がすでに利上げを織り込んでいる場合、決定後に材料が出尽くすこともあります。

円の方向を見る材料は、日米の短期・長期金利差、日銀の追加利上げが続くという期待、原油高や輸入増による円売り需要です。1.25%への利上げ決定でも円が買われなかった以上、1回の利上げそのものより、その先の連続性に市場がまだ自信を持てていないように見えます。

日銀の決定文には、今後の利上げ時期やペースを経済・物価の見通しとリスクで判断する考え方が示されています。政策金利の水準だけで円高を前提にするのは早計です。

日本の経常黒字は、そのまま円買いを意味しない

日本の経常黒字を支える第一次所得

日本は経常黒字国ですが、その中身は貿易だけではありません。財務省・日本銀行の2026年7月速報では、貿易収支が3,999億円の赤字、サービス収支が5,129億円の赤字となり、貿易・サービス収支は9,128億円の赤字でした。それでも第一次所得収支は4兆2,896億円の黒字、経常収支は2兆9,889億円の黒字です。

4兆円超の黒字なのに、円が買われない。数字だけ見れば違和感があります。この違和感を放置すると、経常黒字なのに円が弱い理由を見誤ります。海外子会社の内部留保に相当する再投資収益は、第一次所得と金融収支の「収益の再投資」に同額で記録されます。所得として計上されても、国内へ送金されて円に替わった現金とは限りません。

短期の貿易フローには、輸入価格も効きます。2026年8月の通関統計では、輸出が10兆484億円、輸入が11兆1,540億円で、貿易収支は1兆1,056億円の赤字でした。輸入は前年同月比28.0%増。原油高は輸入代金を通じて外貨買い需要を増やし、他の条件が同じなら円の下押し要因になります。決済通貨、為替ヘッジ、支払い時期で効き方は変わります。

中国の貿易黒字と資本・金融勘定は別の話

中国の国家外貨管理局による2026年上期速報では、経常収支が2兆6,174億元の黒字、そのうち財貨貿易収支が3兆6,284億元の黒字でした。その一方、資本・金融収支は、誤差脱漏を含むベースで2兆6,439億元の赤字です。

輸出などで得た外貨と、その後の資産配分は別の話です。経常黒字と対外資産の積み増しは同時に起こり得ます。もっとも、上期速報の資本・金融勘定には第2四半期の誤差脱漏が含まれるため、▲2兆6,439億元を民間資金の純流出額とはみなしません。

内訳では、対外直接投資資産が5,320億元純増(国際収支表では▲5,320億元)、対中直接投資に対応する負債が3,911億元純増しました。対外直接投資資産の増加額が1,409億元上回ります。ただ、この1,409億元だけを中国からの資金流出額と読むのは無理があります。人民元高を中国への資金流入とみなす根拠にもなりません。

図解:日本と中国の外貨フローを比べる

経常黒字は、そのまま通貨買いではない

人民元は円と同じ自由変動通貨ではない

IMF分類では、人民元は法制度上がmanaged floating(管理変動相場)、実態上がcrawl-likeです。基準値は通貨バスケットと市場の需給を参照し、対ドルの取引価格には基準値を中心とした±2%のバンドがあります。多くの資本取引には規制も残る。だから、円と同じ市場メカニズムだけでは測れません。

中国外貨取引センター(CFETS)は、前日の終値、外貨需給、主要通貨の変動などを踏まえたマーケットメーカーの提示値から、人民元の対ドル基準値を毎営業日公表しています。人民元の変化は、市場参加者の売買だけでなく、基準値、取引バンド、資本移動、当局の景気・金融安定への配慮と合わせて読みます。

企業業績への波及は「売上通貨・コスト通貨・ヘッジ」で変わる

株式に落とすと、最初に見るのは食品、電力、運輸、素材など輸入コストの影響が大きい業種です。海外売上の大きい企業でも、輸入部材やエネルギーを多く使えば、円安の換算益が消えることがあります。売上高より粗利率、粗利率より営業利益率を見る局面です。

  • 海外売上比率の高い日本企業は、円安で円換算売上が膨らみやすい。輸入部材やエネルギーのコスト増、現地価格の引き下げが強ければ効果は薄まります。
  • 原油高が一服すれば、日本の輸入企業やエネルギー多消費型企業にはコスト改善が出やすい。円安と原油高が重なると、売上換算益よりコスト増が先に出ます。 食品株なら、円安で売上高が膨らんでも、原材料高で粗利率が落ちていれば評価しにくい。決算では為替感応度、海外生産比率、原材料の決済通貨、為替予約の残高まで確認したいところです。

人民元高は、ドル建て原材料の輸入や外貨債務の人民元換算負担を軽くしやすい。中国の輸出企業には、ドル建て売上の人民元換算額の減少と価格競争力の低下が重しになります。

食品株なら、円安で売上高が膨らんでも、原材料高で粗利率が落ちていれば評価しにくい。決算では為替感応度、海外生産比率、原材料の決済通貨、為替予約の残高まで確認したいところです。

円安・人民元堅調の組み合わせで不利になる側もあります。

  • 円安と原油高が重なると、電力、運輸、食品、素材などでは利益率が圧迫されやすい。
  • 日本の経常黒字や中国の貿易黒字を、株式市場への資金流入と同一視すると、株価の反応を誤りやすい。通貨と株式は、金利、利益見通し、政策期待で別々に動く局面がある。

次に確認したい6つの指標

確認項目円で見る点人民元で見る点解釈のポイント
金利差日米2年・10年金利差、日銀の追加利上げ期待中国国内金利と景気下支え策現在の水準より、予想の変化が相場を動かしやすい
貿易・経常収支貿易・サービス収支と第一次所得収支財貨貿易収支、サービス収支、経常収支黒字の大きさだけでなく、構成と持続性を見る
資本フロー対外直接投資、証券投資、その他投資資本・金融収支、外貨準備経常黒字が即時の通貨買いになるとは限らない
資源価格原油輸入額、輸入数量、交易条件原油など輸入資源の価格と決済原油高は日本の外貨需要を通じて円に影響しやすい
為替制度市場の金利・需給による変動CFETS基準値、対ドル取引バンド、資本規制同じ「通貨高」でも価格形成の経路が異なる
相場の組み合わせドル円と人民元円ドル人民元と人民元円クロス円だけでは、どちらが主因か分からない

実際に追うなら、まずこの6つです。ドル円とドル人民元を先に確認し、その後に人民元円を見る。人民元円の上昇が、人民元の強さによるものか、円の弱さによるものかを分解できます。

私が見方を修正する条件

いまの見方を変えるのは、単月の為替レートではありません。私ならまず、政策の連続性、外貨の流れ、人民元の制度運営が変わったかを見ます。

円高へ反転する場合

日銀が追加利上げの継続を強く示し、米国金利が低下すれば、日米金利差の縮小を通じて円高が進む可能性があります。原油価格が下落し、日本の輸入による外貨需要が弱まる場合も円の支援材料です。海外で得た利益の本邦還流や円転が増えれば、統計上の所得黒字が実際の円買いにつながりやすくなります。

人民元が反落する場合

中国の財貨貿易黒字が縮小し、景気不安や対外資産への資金配分が強まれば、人民元の下押し圧力が高まる可能性があります。中国当局が輸出競争力や景気を優先し、人民元の下落を一定程度許容するケースも警戒が必要です。

ドル高が強まると、円と人民元がともにドルに対して下落しながら、人民元円では人民元高に見えることもあります。人民元の反落を考えるときも、クロス円ではなくドル人民元とドル円を先に見ます。

また、日本の国際収支と中国の国際収支はいずれも速報・初期値であり、後から改訂されます。単月の数字や一つの制度変更だけで長期的な通貨トレンドを決めつけるのは避けたいところです。

まとめ:通貨の強弱と資金流入を混同しない

この局面を「日本売り・中国買い」で処理すると、日本の4兆円超の第一次所得黒字が円買いにならない理由を見落とします。少なくとも今回の局面では、円は金利差だけでなく、外貨がどこへ向かうかも効く。人民元は貿易黒字と制度運営を見る。為替は国の人気投票ではなく、外貨の入口と出口につく価格です。

出典

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